に、大の苦手の車を自分で

小旅行の記録を書こうと、紙製ダイアリーbookに、シャーペンを走らせようとした。
が、、、ふと、ん?と、シャーペンが止まる。
大まかな地域名はわかるものの、正確な地名や駅名がわからない滅蚤
自分の生まれ育った市なのに、、、!
なんと、いいかげんな、大雑把な記憶。
というか、元々記憶に刷り込む時点で、ちゃんとした名称や、地図、位置がわかっていない。
半世紀以上経って、そもそもわかっていなかったことが判明、認識して、そっちのほうが、ビックリだった。
幼児や小学生となんら変わらない原風景の捉え方。
成長した大人になっているはずの部分が、すっかり抜け落ちている。
まあいいか。
これからも、益々忘れていくんだから利是封印刷

まるで初めて見るような新鮮な驚きを何度も味わえて、お得だ。エコだ。

しかし、わたしは3人年子の末子が生まれて4年ぐらいした頃(36年ぐらい前?)、このR山に、大の苦手の車を自分で運転して訪れている。
しかも、自宅から往復、一度も休憩せず、どこにも寄らず、不慣れで不案内の地まで運転し続けている。
さらに、助手席には外国人を1人乗せていた。
帰宅した後、家に入るやいなや、あまりの緊張と疲労に、廊下にうつ伏せて倒れ込んだ。
若い日は、なんだってやるんだ出来るんだ、元気だ、と我ながら感心した。
誰にも若い日はある。
遠い目。

でも乱視を通り越して、老眼なのに近視だから近くは見える。
近くはメガネ要らず。遠くはさっぱり見えないけれど。
いや、そういうことではなくて。

とりあえず、ブログネタもいっぱい仕入れることができたし、家の外に飛び出すのは刺激的だ。
ただし、足手まといにならないうち、孫たちが中学になるまでは、旅も同行させてもらえそう。

非日常空間をあと5年、制限時間付で目一杯、楽しみたいPhonak