ないと言い訳は見

しかし、この地図解読、不得意分野にも、性差はないかも知れないが。
封切りされたばかりの韓国映画「野球少女」からも、同じようなメッセージを受け取った。
女子だから、家計が苦しく家族から反対されているから、そういう自分の能力以外の逆風のせいで出来ないと言い訳は見苦しい滅蝨公司
出来ないのは、自分に能力がないからだ、と。

わたしは小学高学年の時に嫌というほど、その現実に向かい合った。
家が裕福な子も、権威者の親がいる子も、ルックスが良い子も、スポーツができる子も、人気がある子も、性格が良い子も、勉強レースでは同じ条件下に置かれていた。
勉強だけを切り取り、他の条件は一切カット。
点数のかさ上げにはならない。
家が裕福な子などは、かえって惨め。
家庭から逆風が吹いていないにもかかわらず、教育ママゴンが、頑張って!と、紅茶とケーキを勉強部屋に差し入れても、本人は頑張れない英國租屋
出来ない外的理由があるほうが救われる。
全ての条件をリセットして、一つの分野だけで競うというのは、自分と向き合う以外に方法はない。

まあそういう過酷なレースに、わたしは10歳あたりから揉むに揉まれ、結果的には落ちこぼれたのだが。
落ちこぼれると知識は身には付かなかったが、知恵が身に付いた。
何も価値観は一つではない。
なんでもやっていけるということだ。

というわけで、自分の能力にとっくの昔に見切りを付けているわたしなので、女性なのに、大型バスの運転手業務を立派にやっておられる人を見ると、賞賛、応援したくなる。
もちろん、男性であっても、だ。
皆んな、頑張っている。

頑張ってないのは、わたしだけだが、人の迷惑にならないよう頑張っている。
まあ人には人の道がある弱聽

て、今日のブログ、終盤になってきた。
そろそろ〆ないと。
皆さん、それぞれに頑張っていて、その様子を知ると勇気や活力をいただく。
人々の姿を見て感動してしまう、単純なわたしだ。
10歳のレース体験の後、色んな変遷を経て、脳内にはお花がいっぱい咲いている。
これも不思議な光景である。